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滯英日記 >> スカーバラ(3)

2011.9.16(金)

スカーバラ Scarborough

カモメの鳴き声で目を覚ました。と同時に、廊下を歩いていく客の話し声と足音も耳に飛び込んでくる。ホテルの壁の薄さなど、普段は気にならないのだが、昨日から小さな不満が積もり積もっていただけに神経に触る。

朝食は一階の古びたホールで取ることになっている。
ホールに足を踏み入れて驚いた。見渡す限り老人ばかり。そして有色人種は私だけだった。
この光景を見た瞬間、ホテルの数々の不手際や不便も、しかたがないか、という気分になった。
アメリカ風のビジネスライクなサービスや、日本の旅館のような行き届いたもてなしを求めるほうが間違っている。今まさに黄昏の中に沈んでいく、栄華を誇った保養地のノスタルジアを求めて老人たちが訪れる、ここはそういうホテルなのだ。私のような個人旅行客は泊まるべきではなかったのだ。

大きな窓の向こうでは分厚い雲の下、北海がのたりのたりしている。
天気予報によると、しばらく天気の悪い日が続くようだ。明日はハワースに行くのに、雨に降られたらどうしようと不安になる。

部屋に戻り、ラグビーワールドカップ日本対NZの中継を見ながら荷作りしていると、鍵の音とともにいきなりドアが開き、掃除の女性が顔を覗かせた。
ぽかんとしている私を見て彼女は「あら、ごめんなさい」とすぐにドアを閉めたが、まだチェックアウト時間にもなっていないというのに、なんということか。もういい加減にしてくれ。
二度と泊まらない、二度と泊まるもんか、とつぶやきながらチェックアウトを済ませる。
きのうと同じ部屋にスーツケースを置いて、スカーバラ城に続く道を歩き始めた。

■聖メアリ教会 St. Mary's Church

坂道を上がって聖メアリ教会の前まで来ると、教会の扉が10時少し前にもかかわらず開いていた。
中にいた男性に声をかけて見学させてもらう。
歴史は古いけれども、取り立てて目立つ所のない地域密着型の教会で、アン・ブロンテの墓がなければ観光客が訪れることもなかっただろうと思われた。
木組みの天井を眺めていると教会の男性が話しかけてきた。
「どこから来たの?」
「日本からです」
「こっちに友達がいるの?」
「いいえ一人旅で」
「他にはどこに行ったの」
「ヨークとロンドンに」
最後にあなたはキリスト者かと問われ、仏教徒ですと答えると少し残念そうにしていた。

■スカーバラ城 Scarborough Castle

10時の開館ちょうどにスカーバラ城に入った。
門をくぐると衛兵の詰所みたいな建物があり、チケットとお土産を売っている。ここで入場料を払い、城壁の上を歩いていくと、すぐ右手に聳えたつ四階建ての要塞を仰ぎ見る格好になる。ヘンリー2世の命によって1164年頃に建てられたものだ。派手に破壊されているのは17世紀のイングランド内戦の舞台となったためである。

要塞内部には簡素な鉄の階段が設けられている。北海からまともに吹きつける風に飛ばされそうになりながら、上まで上がった。崩れ落ちた窓越しに海岸が見える。
城の内部に視線を落とすと、崩れた石垣のそばを係員の女性がひとり歩いていくのが見える。そのほかはまったくの無人であった。


広大な敷地には芝がしきつめられ、所々に秋草が茂っている。アザミが風になぎ倒されて斜めになったまま咲いていた。
岬に向かって歩いていくと、各時代の遺構がぽつぽつと建っている。完全な形で残っている建物はひとつもない。資料館にあった説明によると、第一次大戦中にドイツ軍の砲撃を受けてかなりの部分が破壊されたそうだ。


ジョン王の執務室



王のホール



ヘンリー2世をはじめ、リチャード1世(獅子心王)、ジョン王、ヘンリー3世、エドワード1世、リチャード3世ら、多くの王がこの城に滞在した。なかでもリチャード獅子心王はここからの景観をこよなく愛したがゆえに、今でも亡霊となってこの城に帰ってくるのだという。

耳元でごうごうと鳴る風の音を聞きながら崖の上に立つ。
完膚なきまでに破壊された城は栄華のはかなさを思わせてもの悲しく、それでいてある種のすがすがしさを呼び起こすものだった。この感慨をどう表現すれば良いのだろう、と考えたとき、故国の旅人が残した一文が記憶の底からよみがえった。

三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり……
さても義臣をすぐつてこの城にこもり、巧名一時の草むらとなる。
「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」


敷地の東端にはローマ人の建てた信号所がひっそりと残っている。ここは紀元前の昔から守りの要所だったのだ。信号所のすぐそばには11世紀創建の聖メアリ礼拝堂の跡がある。
空を見上げると、カモメが風のまにまに漂っていた。


ローマ時代の信号所


聖メアリ礼拝堂


城を一歩出たところで風に混ざって水滴が落ちてきた。坂を降りるうちにたちまち強く降り始める。
傘をさしてアン・ブロンテの墓の前にしゃがみこみ
「明日あさってハワースに行くんです。どうかムーアを歩く間だけでも晴れるようにしてもらえませんかね」
と念じた。気が動転して日本語でお願いしてしまったが、ちゃんと通じているだろうか。

ホテルからスーツケースをピックアップしてスカーバラ駅に向かう。
電車でブリドリントンまで行き、そこからバスでバートン・アグネスに行くつもりだったがブリドリントン行きはあと二時間こないことが判明。バートン・アグネス行きのバスなら50分後に来るのでそれに乗ることにした。
駅のカフェ(どこにでもあるPumpkin)でお茶を飲みつつ時間をつぶす。Sサイズなのになみなみと入れてくれる。


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