HOME
滯英日記 >> ハワース(4)

2011.9.18(日)

ハワース Howarth

朝からBBCの天気予報とにらめっこ。お昼すぎくらいまでは天気が持ちそうなので、早めに宿を出ることにする。
朝食は選び抜かれた食材(全部出所が書いてある)を使用したイングリッシュブレックファスト。初めて食べたブラックプディングは見た目は不気味だが味はよかった。これも何かの賞をとったプディングらしい。フレッシュジュースやフルーツ、ミューズリーも充実している。

教会の前には猫がたくさんいた

インフォメーションで1ユーロのカッパを購入(観光客のニーズをよくわかっている)し、ムーアへ向かう。
今のところ、空は晴れている。嵐が丘のモデルになったといわれるトップ・ウィズンズまでは約10キロの道のり。なんとかたどり着きたい。


昨日と同じ道を通ってペニストン・ヒルへ。今日も犬をつれた人がたくさんいる。
大型犬が四匹、もつれあいながら走ってくる。たいへんなはしゃぎようだと見ていると、すれ違いざまに私にとびつき、、トレンチコートに大きな足跡を残して走り去って行った。
後から飼い主らしい人たちが「すみませーん!」と謝りながら横をすり抜け、犬を追いかけていく。


岩がゴロゴロしているスポットで写真をとっていると、また別の犬を連れたおじさんが話しかけてきた。遠くの丘陵を指して「あそこに丘が見えるだろう?」という。
「あれがトップ・ウィズンズだ。写真を撮るといいよ」
めちゃくちゃ遠いんですけど……
本当にたどり着けるのか心配になってきた。

トップ・ウィズンズの場所を教えてくれたおじさん(と犬)

左下の建物がトイレ

ペニストン・ヒル出口の駐車場脇にあるトイレに入り(ここを逃すともうない)、トップ・ウィズンズに続く道へ足を踏み入れた。うさぎの腐乱死体を見て肝を潰したりしながら、ムーアの中に分け入っていく。
しばらくは広めの道が続く。顔が黒くて角があるひつじがたくさんいるが、近づくとわらわらと逃げていく。つきあたりに農場が見えるが、そこで飼われているひつじたちであろうか。




気持の好い暖かな天気だった。旅行するには暖かすぎるくらいだったが、空や地上の愉快な景色を楽しむにはちっともさしつかえなかった。もしもこの景色を八月頃に見たならば、僕は確かにこの寂寞孤独の境にひと月過したくなったことであろう。丘々に囲まれたこれらの谷々と、ヒース茂る野のぶっきらぼうな大胆な起状は、冬にはこの上なく荒涼として侘びしく、夏にはまたとなく神々しく美しい。
 (大和資雄訳『嵐が丘』角川文庫 pp.450-451)

『嵐が丘』の狂言回しロックウッドが二度目に嵐が丘を訪れた時の描写である。ちょうど今と同じくらいの季節であろう。

ブロンテ姉妹はみなそれぞれにムーアに親しんだが、ムーアといえばやはりエミリという印象が強い。シャーロットやアンが外の世界と多少関わりを持ったのにくらべ、エミリはほとんどこの町から出ることがなかった。出ればたちまち激しいホームシックに襲われたのである。彼女は現代人から見ればあまりにも狭い世界で生き、一度の恋をした形跡もなく、職業らしい職業も持たず、30歳の若さで死んだ。

荒野へ 荒野へ そこには 足もとに
短い草が ビロードのように 生えていた!
荒野へ 荒野へ そこには 丘の道が
晴れ渡った空に 日差しを浴びて 登っていた!

荒野へ そこには 紅ひわが
古びた御影石のうえで 歌をさえずっていた
雲雀が――野の揚げ雲雀が
みんなの胸を自分のと同じ喜びで 満たしていた

いかなることばが そのとき起こった感情を
伝え得よう はるかに遠く追放されて
さびしい丘の端に 跪き
そこの生える褐色のヒースを 見たとき
 (中岡洋訳「詩連」 『エミリ・ジェイン・ブロンテ全詩集』(国文社)より pp.127-128)


農場の前まで来ると、道はごく細くなりながら右折していた。Bronte Fall(ブロンテの滝)の標識があったので道なりに進むが、前日までの雨で道が悪い。泥水に足をつっこんで泣きそうになりながら行くがなかなか滝が見えない。道の両脇に、正体不明の石組がなかば崩壊した状態で残っている。いったいいつ頃からあるのか、想像もつかない。

やがてどこからか水音が聞こえてきた。
草をかきわけながら歩いていると、前方から自転車をかついだ男性が坂をのぼってきた。
「ハワースの村なら反対方向だよ」というので「私はトップ・ウィズンズを目指しているのです」というと「それならあっちだ。ブロンテの滝はそこだよ」と振り返って指をさす。
ここまで来て、どうやら自分がマイナーなルートを辿ってきてしまったということに気づく。荒野なのだから道などあってないようなものだし、方角的には間違っていないのだが、もっと歩きやすい道があったようだ。

足場が悪い、というよりもはや足場などなくなった崖のような道を必死で降りる。一歩間違えれば本気で命に関わる。雨が降っていなくてよかったと心から思った。
はるか眼下に滝が見えた。その前に小型犬をつれた男性が座っていて、崖上から降りてくる私を呆れたように眺めている。
なんとか降り切ると、目の前に「ブロンテの橋」があった。

■ブロンテの滝 Brontë Falls

「ブロンテの滝」はもちろん後世になって名づけられたものだが、滝そのものはブロンテの時代から存在した。このあたりまでがブロンテ姉妹の散歩コースだったそうだ。あのヴィクトリア朝のコルセットをつけて、ドレスを着て、ここまでやってきた姉妹の健脚ぶりには舌を巻くばかりである。

ブロンテの橋を渡り岩場のある丘を登り始める。遠くにトップ・ウィズンズらしき建物と、寄り添うようにたっている二本の楓の木が望めた。



農場の端のぬかるんだ道を歩き、柵にかけられた梯子をのぼり、また降り、ひたすらトップ・ウィズンズを目指す。右はゆるやかな斜面にそって牧場がひろがり、左に目を向けると削り落とされたような渓谷の中を細く水の流れが見える。先ほどの滝につながる流れであろう。



だんだんトップ・ウィズンズが近づいてきた。
どこからか湧いて出たように旅の仲間が増え始め、四方八方からトップ・ウィズンズ一点を目指して歩みを進める。中には自転車に乗っている猛者もいる。本格的な山歩きの装備をしている人も多く、トレンチコート姿の私は荒野にさまよいこんだスパイのようであった。

■トップ・ウィズンズ Top Withens

トップ・ウィズンズは思ったよりも建物の姿をとどめていた。エリザベス朝時代のファームハウスの跡だそうで、嵐が丘の屋敷とはだいぶイメージが違うけれども、この廃墟を中心とした荒涼とした風景がエミリになんらかの霊感を与えたことは確かなようだ。
ベンチで休んでいた老夫婦に「ずいぶん重いカメラね」と笑われながら写真を撮ってもらう。

屋根の落ちたトップ・ウィズンズの、石の壁の上に立って見はるかすと、ところどころに小さな廃墟があり、石を組んだその塀が崩れかかったまま残っている。ここ数十年のものではなく、明らかに18世紀、19世紀まではさかのぼるだろうという代物だ。

その向こうには赤茶けた丘陵が時になだらかに、時には切り立った崖を見せながら、はるか彼方まで連なっている。観光客がいなかったら、どんなに寂しい、そして厳しい風景だろうと思う。そして、ハワースの村からたった一人ここまでやってきて、あの凄まじい物語の着想を得たエミリ・ブロンテの心中を思った。

しばしば叱られても いつも戻ってくるのは
 わたしといっしょに生まれた あの最初の感情だった
そして 富と学問の せわしい追究を止めて
 あり得ぬことどもの あてなき夢を求める

今日 わたしは おぼろな境を 探しはすまい
 その支えきれない広漠さが わびしいものになってゆく
まぼろしが たち現れて 次々と群れをなし
 非現実の世界を あまりにも不思議に 近づける

わたしは歩いて行こう だが昔の英雄たちの足跡をではなく
 気高い道徳の 道でもない
また あまり高名でもない顔の間
 遠い昔の 雲にかすんだ 歴史の姿の間でもない

わたしは歩いて行こう わたし自身の性質が導き行くところ
 それとは別の案内者を選ぶのは わたしには面倒だ
羊歯茂る谷間の 灰色の羊の群れが草を食むところを
 荒々しい風が 山腹に吹きつけるところを 歩いて行こう

そのさびしい山々には 啓示に値するどんなものが あるのだろう
 わたしには告げることができないほど 大きな栄光と 大きな悲しみがある
ひとりの人間のこころを 目覚めさせ 感動させる大地は
 天国と地獄の世界を ふたつながら 中心に置くことができるのだ

 (中岡洋訳「詩連」 『エミリ・ジェイン・ブロンテ全詩集』(国文社)より pp.419-420)





<<前のページ 次のページ>>



SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO