HOME
滯英日記 >> ロンドン(2)

2011.9.20(火)

ロンドン London

■ロンドン塔 Tower of London


朝一番でロンドン塔に向かう。Tower Bridgedeで降りた後、なぜか入り口が分からずぐるりと一周してしまった。その間にタワーブリッジを見るともなしに見る。

ガイドブックを購入し、ビーフィーターと呼ばれる衛兵たちの前を通って構内に入る。観光客に公開されているとはいえ、いまも女王陛下の城兼要塞の一つであることに変わりはないのだ。

《バイワード・タワー》

まず最初に出くわすのがバイワード・タワー。円筒型の塔が印象的なこの建物はエドワード1世時代のもの。内部には14世紀の美しい壁画が残されているそうだが、残念ながら一般公開はされていない。

《反逆者の門》

壁沿いにしばらく歩くと、右手に悪名高い「反逆者の門」が見えてくる。
テムズから船で護送された囚人(その中にはのちのエリザベス1世も含まれていた)たちは、ひとたびこの門をくぐったら、二度と娑婆には戻れないことを覚悟しなければならなかった。
門の上部の木組みの建物は、ヘンリー8世がアン・ブーリンの戴冠式に備えて改装させたものの一部だという。

《ブラディ・タワー》

落とし格子がものものしいブラディ・タワーのアーチをくぐると、敷地の中心部に出ることができる。ヘンリー3世の時代、この塔はテムズから場内に出入りするための水門だった。通路天井のヴォールトはエドワード3世時代のもの。
ブラディ・タワーは「ロンドン塔の二王子」の伝説で有名だが、今は内部見学はしない。
城内に入ると左手にはタワー・グリーンと呼ばれる広場、右手にホワイト・タワーと、有名なカラスの姿がある。

曇り空をバックに聳えたつホワイト・タワーはなかなかの迫力だが、なにぶんにも人が多い。あまりにも観光地化されすぎていて、まるでテーマパークのようだ。中世の面影はもちろん、漱石が『倫敦塔』で書いたあの陰鬱な世界すらどこにもない。本当にここが数々の悲喜劇の舞台になった場所であろうか。
想像と現実のギャップに若干気を落としながらも、まずはブラディ・タワーに隣接するウェイクフィールド・タワーから見学を開始する。

《ウェイクフィールド・タワー》

1220年から1240年の間にヘンリー3世の居城として建てられた塔。薔薇戦争中に幽閉されていたヘンリー6世が亡くなった(殺害されたとも)場所であるともいう。
現在はおどろおどろしい照明に照らされて拷問器具が展示されている。

《ホワイト・タワー》

ロンドン塔の中心に聳える白亜の要塞。11世紀にウィリアム征服王によって建てられて以来、増築や改装を繰り返して今の姿になった。
入り口に通じる階段を上っていくと、壁面に意味ありげな窪みがあり、「ロンドン塔の二王子」の絵が置かれている。1674年に二人の子供の骨が発見された現場なのだという。

これらは叔父リチャード3世によってロンドン塔に移され、その後忽然と姿を消した少年王エドワード5世とその弟ヨーク公の骨であるとされ、ウエストミンスターに改葬された。1933年には法医学鑑定が行われたが、当時の未熟な鑑定技術では骨の持ち主の年齢くらいしか分からず、この骨が本当に二王子のものだったのかどうかは不明のままだ。

ホワイトタワー内部は博物館になっていて、王たちの鎧がずらりと並んでいる。なかでもひときわ目を引くのはヘンリー8世の鎧。

この鎧の膝の部分には、ヘンリー8世の最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンの紋章と、義父であるアラゴン王フェルナンド2世の徽章が刻まれているということだが、目視では確認できなかった。

これもヘンリー8世の鎧。
股間を強調するのが当時のトレンド

エドワード6世の小さな鎧。

清教徒革命で斬首されたチャールズ1世。


その息子でメリー・モナークと呼ばれた
女たらし王チャールズ2世。


大人と子供、ではなく巨人と小人の鎧。


歴代の王の馬(の模型)





日本刀のコレクションと、徳川秀忠から贈られた鎧

この斧はアン・ブーリンの処刑に使われたもの…という伝説があるが、もちろんそれは誤りである。アンの斬首には剣が使われたと記録に残っている(そのためにフランスから腕のよい首斬り役人が呼ばれた)。しかしジェーン・グレイやソールズベリー女伯の処刑にはこのような斧が使われたのだろう。

ホワイト・タワーの内部にはノルマン様式のセント・ジョン礼拝堂が残っている。蜂蜜色がかった白い石はノルマンディーはカーン産であるそうだ。装飾がほとんどなく、非常に質素な印象。ここはロンドンで一番古い建物であるという。撮影は禁止されていた。

《ジュエルハウス》

王冠や王笏など英国王室の数々の財宝を収蔵・展示する建物。世界最大級のダイヤモンドといわれる「アフリカの星」や、呪いのダイヤモンドとして有名な「コイヌール」などの本物を動く歩道から垣間見ることができる。
私が見たかったのはインペリアル・ステート・クラウンの正面にはめ込まれた「黒太子のルビー」。
もとはカスティーリャのペドロ1世がグラナダのアブー・サイードから奪ったものとされ、その後トラスタマラ内戦の折に、ペドロ1世から同盟者であったエドワード黒太子に贈られた。アジャンクールの戦いの際にはヘンリー5世が、ボズワースの戦いではリチャード3世が、それぞれこの宝石を身につけて戦ったといわれている。ながらくルビーと思われていたが、後世にレッド・スピネルであることが判明した。いずれにせよこれほど巨大なものは希少であるらしい。
なおここも撮影は禁止。


インペリアル・ステート・クラウン
中央の赤い石が「黒太子のルビー」



<<前のページ 次のページ>>



SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO