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滯英日記 >> ハンプトン・コート(1)

2011.9.21(水)

ハンプトン・コート宮殿 Hampton Court Palace


前日に一日都会をぶらついて疲れたので、きょうは足を伸ばして郊外へ。ハンプトン・コート宮殿を見学することにした。
ホテルを出るのが遅くなってしまったが、ウォータールー駅につくと9時36分のハンプトン・コート行きが遅れていて、運よく乗ることができた。ウィンブルドンなどを通過しながら、約30分後にハンプトン・コートに到着。
駅を出て、テムズ川を渡るとすぐに宮殿の門が見えてくる。残念ながら正面玄関は工事中。
ヘンリー8世の下で大法官を務め、ヨーク司教でもあったトマス・ウルジー枢機卿が1514年に建てた城である。のちにキャサリン・オブ・アラゴンとの離婚問題に絡んでヘンリー8世の寵愛を失ったウルジーは、不興をやわらげるためか、この城を王に献上する。にもかかわらず失脚し、最後は反逆者として逮捕され失意の内に亡くなることになるのだが。

見学ルートは「ヘンリー8世のアパートメント」、「ヘンリー8世のキッチン」、「若きヘンリー8世の物語」、「マンテーニャ画『カエサルの勝利』」、「ウィリアム3世のアパートメント」「メアリ2世のアパートメント」「ジョージアン・プライベート・アパートメント」の7つのパートに分かれる。このうち、「メアリ2世のアパートメント」は改装中と書いてあったがなぜか入れた。

■ヘンリー8世のアパートメント Henry VIII's Apartments

チケットを買って、まずは「ヘンリー8世のアパートメント」から見学する。チケット売り場の隅に貸し出し用のマントが並んでいた。これを着るとヘンリー8世の従僕気分が味わえるのだ。ちょっと着てみたかったが、大人だし一人なので諦めた。
今回はオーディオガイドを借りてみた。従僕のトマスが、ヘンリー8世とキャサリン・パーの結婚準備にわくハンプトン・コートを案内するという趣向。

《グレイト・ホールとグレイト・ウォッチング・チェンバー》
中に入るとすぐにグレイト・ホールに出る。王に仕える廷臣たちが集った部屋だ。木組みの天井と、ずらりと並べられた鹿の剥製が印象的。
王と王妃の椅子が用意されていた。婚礼の席という設定なのだろう。何人かの見学者が椅子に座って何か熱心に描いていた。

 


宮殿内部には、至るところにヘンリーの歴代王妃の痕跡が見られた。入り口のアーチの脇にはキャサリン・オブ・アラゴンの紋章と彼女が用いていた石榴の徽章。入り口の天井には、HとAを組み合わせたヘンリーとアンの飾り文字。アンの処刑後、ヘンリーは彼女の飾り文字をことごとく削り取らせたが、これだけはかろうじて残った(オーディオガイドのトマス君談)。

キャサリンの石榴。かつては楯の中にもカスティーリャ・
アラゴンの紋章が描かれていたものと思われる。



天井に見られるHとAの飾り文字(右は拡大画像)


この貴重なAとHの飾り文字を撮ろうと苦心していると、急に背後が騒がしくなった。
振り返ると、人波の向こうからヘンリー8世が登場し、グレイト・ウォッチング・チェンバーに入っていく。

なにやら寸劇が始まった。


日に何度かこういうアトラクションをやっているようだ。
グレイト・ウォッチング・チェンバーは王の執務室に続いており、王に謁見しようとする人々を衛兵がチェックした部屋だという。



グレイト・ウォッチング・チェンバーの天井と
ステンドグラス。
天井にはジェーン・シーモアの徽章、ステンドグラスには
ウルジーの姿が見える。



《ホーンテッド・ギャラリー》


グレイト・ウォッチング・チェンバーを出ると、礼拝堂の入り口へと続く小さなギャラリーがあり、「ホーンテッド・ギャラリー」という剣呑な名前で呼ばれている。不義密通を疑われた五番目の王妃キャサリン・ハワードが、無実を訴えるためにこの廊下を走って礼拝堂にいる王のもとへ向かったが、捕えられてひきずられていったという伝説があり、髪を振り乱して泣き叫ぶキャサリン・ハワードの亡霊がたびたび目撃されているそうだ。ただ、ここでキャサリンが王に哀訴したという話は史実ではないともいう。

壁にはヘンリー8世とその血縁者の肖像画がかかっている。中でも目立つのが、ヘンリーと三番目の王妃ジェーン・シーモア、エドワード王子を中心に、左側に最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンが産んだメアリー、右側に二番目の王妃アン・ブーリンが産んだエリザベスが立つ絵。しかし、これは宗教画のように極端に理想化された家族の図であり、実情はこれとはだいぶ異なっていた。メアリとエリザベスの関係は母同士の確執もあってドロドロであったし、ジェーン・シーモアはエドワードを産んでまもなく産褥熱で死亡しており、実際にはエドワードの成長した姿を見ることもなかった。ジェーン・シーモアの幽霊もハンプトン・コートのクロック・コートや階段あたりに現れるというが、王妃として「畳の上で」死ねた彼女は、ヘンリーの王妃たちの中では恵まれているほうであろう。化けて出るのは幼い息子を残していくのが心残りだったのか、それとも王妃としての栄光を思う存分享受する前に死ななければならないのが無念だったのか。

そんなことを考えながらこの絵を眺めていると、ヘンリー8世がゆっくりと廊下を歩いてきて、私を追い越しざま、祝福していった。

《礼拝堂》


礼拝堂の入り口を覗くと、オペラ座の二階席のようなスペースがあり、チャペル内部を見下ろすことができる。王と王妃が使うのであろう、クッションがふたつ並んで置かれていた。
しかしここはあくまで王のための祈りの場。わわわれ庶民の入り口は一階にある。階下に降りて礼拝堂に入った(撮影は禁止されている)。入り口にはジェーン・シーモアの大きな紋章が刻まれていた。エドワード王子、のちのエドワード6世はハンプトン・コートで生まれ、この礼拝堂で受洗したのである。
礼拝堂内部は深い青に金の星をちりばめた天井、オークと思われる柱、大理石の床と、重厚と優美のバランスがうまく取れている。王家のプライベート礼拝堂らしく、こぢんまりしているせいか、仰々しさがなく居心地がよさそうだ。


■「若きヘンリー8世の物語」展 Young Henry VIII's Story



「妻殺し」となる前のヘンリー。
肥満は始まっているものの表情は柔和で、かつての美青年の面影を残しているように思う。

「太っていて、残忍で、妻を次々取り替えた君主」というイメージのあるヘンリーの、若き日の顔をご紹介しましょう――。オーディオガイドはそう語った。
若い頃のヘンリーがたいへんな美男子であったという話はいろいろな所で目にするのだが、当時の肖像画があまり残っていないので正直半信半疑だ。
しかし、聡明で、教養高く、しかも野心に溢れた魅力的な青年だったことは確かなようである。
この展示では、ヘンリーと、青年期の彼を支えた二人の人物、すなわち王妃キャサリン・オブ・アラゴンとウルジー枢機卿とのかかわりを中心に、当時の世界情勢なども絡めて学べるように工夫されている。
キャサリンもまた美貌と聡明さと信心深さ、そして人格の高潔さで知られた王妃だった。カトリック両王の薫陶を受けて育った彼女は人文的教養のみならず政治的能力にも恵まれ、ヘンリーが留守の折は摂政として国を任されることもしばしばだった。
ヘンリーとキャサリンは理想的なカップルだった。男の子に恵まれなかったという、唯一にして致命的な欠点を除いては。

展示室に入ってすぐのところに、ヘンリー7世とエリザベス・オブ・ヨークを中心に、子供たちが跪いている祭壇画が展示されている。ホーンテッド・ギャラリーにあるヘンリー8世一家の肖像と同じく、極端に理想化されたもので、人物の表情には個性というものがほとんど見られない。
ヘンリーは左から二番目、兄アーサーの隣に小さめに描かれている。アーサー王太子はヘンリー7世とエリザベス・オブ・ヨークの長男、キャサリン・オブ・アラゴンの最初の夫でもある。
プランタジネットの血をもひく後継者として将来を嘱望されていたものの、生来蒲柳の質で、わずか15歳にして病没した。


脆弱な根拠の上に王朝を樹立した父王の苦労と、兄アーサーの早世を目の当たりにしたことから、ヘンリー8世は王家を継ぐ男児の生誕に執着するようになったのではないか、そう解説にはあった。
1533年、ヘンリーは「かつて兄の妻であった」ことを理由にキャサリンに結婚無効を突きつけ、アン・ブーリンと再婚する。この離婚問題の処理を巡って王の怒りを買ったウルジーも失脚し、宮廷を去っていく。展示はここで終わっていた。

20年も連れ添った恋女房を追放したり、溺愛していた娘から王女の称号を奪い侍女の身分におとしめたり、一度は情熱的に愛した女性を斬首したりできる心理はとうてい理解しがたいものだが、ヘンリーという人物が特別に冷酷だったのか、それとも中世の王族の心性がそもそも現代人とはかけ離れたものだったのだろうか。
それにしても、わざわざ教皇庁と袂を分かってまでキャサリンと離婚したのに、なぜもっと若い女性と再婚しなかったのだろうと思う。アン・ブーリンの生年は定かではないが、結婚の時点ですでに20代後半から30代前半であったことは間違いなく、当時としては決して若いとはいえない年齢だ。肖像画に描かれたアンは線が細く、多産の質にも見えない。子供を得る確実性よりも恋愛感情を優先したのだろうか。基本的にヘンリーは頭がよく教養ある女性が好みだったようではあるのだが。

展示の最後のほうに「ウルジーのクローゼット」と呼ばれる部屋がある。
ウルジーの個人的な居室で、壁の四面がパネルで覆われた小さな美しい部屋なのだが、実はここも「出る」のだという。この部屋に入るだけで気分が悪くなる人もいるそうだが、例によって鈍感な私はなにも感じかった。


ヘンリー8世の時代に作られた天文時計


酔いつぶれる人(?)の人形が



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