東方への旅 >> ベルリン(5)


■ブランデンブルク門 Brandenburger Tor


Uバーンに乗ってウンター・デン・リンデンに戻る。ウンター・デン・リンデン駅は最近Brandenburger Torと名前が変わったようで、少し混乱した。
地上に上がると大道芸人やコスプレ軍人が立っている。その間を観光客たちが行ったり来たりしながら写真を撮っていた。

ブランデンブルク門を正面から通り抜けた。今ではたやすいことだが、冷戦当時この門は東西ベルリンの境界線上に位置していたため、市民は近づくことすらできなかった。かつては分断の象徴と言われ、今は統一の象徴と呼ばれる所以である。
2009年の世界陸上ではここがマラソンのコースになっていて、ランナーが次々に門をくぐっていくのが感動的だった。


ホテル・アドロン

広場に面して建っているホテル・アドロンは1907年創業、各国の王族や名士に愛された高級ホテルである。第三帝国時代にはナチスの高官が集う社交場となった。第二次大戦中にソ連軍に破壊され灰燼に帰したが、1997年に復元・再建され営業を再開した。マイケル・ジャクソンが自分の子供を窓からぶらさげて物議を醸したその現場でもある。

ブランデンブルク門の背後にはティアガルテンが広がり、木々の彼方に小さくジーゲスゾイレが見える。
向かって右手、連邦議会議事堂に向かう途中には、壁を超えようとして殺された人たちの記念碑が建てられていた。


■ドイツ連邦議会議事堂 Reichstag, Deutscher Bundestag 

議事堂の見学は制限されていて、決まった時間にしか入場できない。長い行列の最後尾に各国の観光客にまざって並んだ。周囲の人のカメラをそれとなくチェックすると日本製品ばかりである。

30分ほど待ってやっと入場。空港のようなセキュリティチェックがある。ここでもスプレーを見せろといわれる。

現在の連邦議会議事堂は1894年に帝国議会議事堂として建設された。ガラスのドームを持つ美しい建物で、帝政ドイツ時代からヴァイマル時代まで使用されたが、1933年に何者かによって放火され全焼する。
その後も英軍の爆撃にあうなどして、戦争が終わる頃にはすっかり廃墟となっていた。

この建物がふたたび政治の舞台に返り咲くのは再統一後のことである。
1999年、議会が移されるのにあたって大規模な修復がほどこされ、2001年にはドームが再建された。

再建されたドームはガラス製で、内部はスロープが設置されて展望台になっている。

ドームの中を螺旋状にぐるぐる登っていくと屋上に出た。
翳りはじめた空にドイツの旗がはためいている。
国旗というのは不思議なもので、ドイツの旗はいかにもドイツ的に、フランスの旗はいかにもフランス的に見える。日の丸も外国人から見たらそうなのだろうか。
帰りも勝手に外に出ることはできず、一定の人数ごとにエレベーターで下ろされる。

博物館島を目指して歩き出した。
フンボルト大学の敷地内を通り抜けながら、ある建物を何気無く覗きこむと、立ち並ぶ書棚と机に向かう学生の姿が見えた。図書館のようだ。
フンボルト大学では若き日の森鴎外も学んだ。そういえばエリスのモデルになったと言われる(異説あり)エリーゼ・ヴァイゲルトはユダヤ人である。朝日新聞社の特集記事森鴎外と「エリス」―ドイツ・ベルリンによると、彼女の眠るユダヤ人墓地が旧東ベルリンのシェーンハウザー通りにあるそうだ。

彼女は英語もフランス語も堪能(たんのう)で、文学サロンを主宰し、声楽をたしなんだが、夫は趣味で軍事教練に熱中するミリタリーマニアだったようだ。新婚旅行でローマへ赴いたとき、史跡のいわれを夫があまりに稚拙に語るのについにぶち切れ、日傘をたたき壊したという逸話を孫が覚えていた。

エリーゼは物語の中のエリスとは違ってなかなか豪快な女性だったようである。
エリーゼの没年は1933年、国会議事堂が炎上した年であり、ヒトラーが首相に指名された年でもある。反ユダヤ主義はじわじわと拡がりつつあったが、かろうじてその惨禍に巻き込まれずに済んだ彼女は幸せだったかもしれない。

■博物館島 Museumsinsel

博物館島は5つの博物館・美術館が集まっている贅沢なスポットだ。木曜は夜間開館日なので、夜行列車の出発時刻までここで過ごそうという魂胆である。
今回私は見学を見送ったが、有名なネフェルティティ像は新博物館にある。チケット売場には長蛇の列ができていた。

《ボーデ美術館》 Bodesmuseum


ボーデ美術館エントランス

まずはドームが印象的なボーデ美術館へ。ここではビザンチン美術と彫刻作品、貨幣を主に展示している。

 

ルネサンス期の彩色彫刻がごろごろあり目移りするほどである。
気に入ったものは片っ端から写真に撮っていった。以下にその一部をご紹介。

聖母いろいろ


少女のようなマリア


流し目が色っぽい


ベールと髪の表現が秀逸


胸像いろいろ


たおやかなイタリア美女


こちらもイタリア美人。知的な風貌


数ある胸像の中で
彼女が一番好みの顔だった


キャプションによると、
アラゴン王フェルナンド2世



音楽の天使
右はリュート。左はビウエラ? ルネサンスギター?


ひととおり見た後はミュージアムカフェで一休み。ここでもケーキを食べてしまった。
かなり足が疲れていたが、気力を振り絞って隣のペルガモン美術館に移動する。


ドーム内部



《ペルガモン美術館》 Pergamonmuseum

公式サイト

通常、木曜の夜は18時以降の入館が無料になるのだが、特別展開催中だったためふつうにチケットを買って入場。
とにかく大きな展示物が多く、それに合わせて天井も高い。
目玉は博物館の名称の由来にもなっている「ペルガモンの大祭壇」で、建造当時のままに館内に移設されているのだが、こんなものをよく持ってきたものだと思う。敗戦後の一時期、ソ連軍に持ち去られてレニングラードに保管されていた時期もあったそうだが、赤軍も運ぶのに苦労したことであろう。

しばらく階段に座ってぼーっと彫刻を眺めていた。何千年も前にこんな写実的な作品を作った人々の偉大さについて思いを巡らせる。「あのモデル、いい身体してるなあ」とか「とっくに死んだ人たちだけれど、こうして永遠にその姿をとどめているんだなあ」とか、とりとめもないことが脳裏をよぎる。
特別展のテーマは「ディオニュソスとギリシャ神話の神々」。きれいなヘルマプロディトスがいたので写真をとった。


ヘルマプロディトス


ウェヌス


適当な所でにペルガモンを出て中央駅に戻り、荷物をピックアップして夜行の出るリヒテンブルク駅へ向かう。



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