東方への旅 >> ベルリン(6)

■クラクフ行き夜行列車

中央駅で浮かれてビールなど買いこんでいたせいでギリギリになってしまった。リヒテンブルクにつくと、すでに向こうのホームに列車が停車している。あわてて発車ホームに向かった。
車掌さんにチケットを渡すと、個室に案内された。
小さな部屋の中にベッド、机、棚、冷蔵庫が備え付けられ、飲み物が三種類(ガス入りの水、ガス無しの水、ジュース)、朝食用のパン、チョコレート菓子まで用意されている。水もパンもポーランドのメーカーのものだった。
夜行列車は時刻ぴったりに出発した。リヒテンブルクの駅が遠ざかっていくのを見届けながら、机の上に日記帳を広げた。


国境に近い村 Küstrin-Kietz

出発から約一時間が過ぎた頃、どこかの駅に停車した。
足音と話し声が聞こえる。と思う間に個室の扉がノックされた。ドアを開けると制服を着た年配の女性係官が立っている。もう国境に来たのだ。
テーブルの上にあらかじめ用意していたパスポートを渡すと、懐中電灯をあててためつすがめつし、さらに私の顔にも光をあてて検分する。
鉄のカーテンはもうない。所持しているのは威力絶大で知られる日本のパスポート、もちろんわが身にも疾しいところはなに一つない。それなのに、なぜか緊張する。
係官はしばらく無言で私の顔を眺めた後、にやりと笑って言った。
「OK. Thank you」
ドアがバタンと閉じられ、私はまた一人になった。
しばらくは先ほどの係官が他の個室を回っているらしい物音がしていたがそれもやがて止み、どこかからドアが閉まる音が何度か聞こえた後、ゆっくりと列車が動き出した。発車のベルもブザーもない。ただすべるように静かに発車する。

23時24分、また音もなく列車が停車した。ホームにGorzowという表示がある。窓ガラス越しに空を見上げるとオリオン座が見えた。東京の私の部屋からも見える星座がこの異国の空にも輝いていることに不思議な安堵感を覚える。
コンタクトレンズを外してベッドに入り、目を閉じた。

2時58分、ふと目が覚めた。短い夢を見ていた気がする。
窓から覗くと、いくつものきれいな光の輪が見えた。興味をそそられ、眼鏡を掛けてみたが、なんのことはない、ただの街灯だった。
列車は次第にスピードを落とし、Lesznoという駅に到着した。地図を見ても正確な位置は分からない。

棚に入っていたミネラルウォーターを飲んで、またベッドに横たわった。振動とともに頭の下を枕木が過ぎ去っていくのを感じる。
線路が続いているんだ、と思う。まっすぐに、ベルリンからクラクフに向かって。
私を乗せた個室寝台がひた走るこの路線は、彼らが家畜用貨車で運ばれていったのと同じ道であったかもしれない。
多和田葉子の『容疑者の夜行列車』の一節が頭に浮かんだ。

ほら、土地の名前が、寝台の下を物凄いスピードで走り過ぎていく音が聞こえるでしょう。一人一人違うんですよ、足の下から、土地を奪われていく速さが。


今度は夢も見ずに眠った。


車内で日記を書く



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