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2004.9.26(日)

アントワープ Antwerpen


アントワープ中央駅からノートルダム大聖堂を目指しててくてく歩く。20分ほどの道のりだが、塔が見えるので迷わない。
店は日曜で閉まっているところが多いが、人が多くてたいへん賑やか。特に大聖堂前のフルン広場は観光客で溢れていた。

■ノートルダム大聖堂 O.L.Vrouwekathedraal


2ユーロ払って大聖堂の中へ入る。祭壇の中央と左右にはルーベンスの大作「キリスト昇架」「キリスト降架」そして中央に「聖母被昇天」。


パトラッシュ、
ぼくはとうとうみたんだ……。
一番見たかった
ルーベンスの絵を……。

と、一応お約束な台詞を呟いてはみたものの、ルーベンス嫌いの身としては「神様、もう十分でございます」とはとても思えず、ただただあきれ果てたような思いで巨大な絵を見上げる。

宗教画なので、ルーヴルにある「マリー・ド・メディシスの肖像」などと比べると肉のだぶだぶはだいぶ控えめになってはいるけど、それでもひたすら過剰でお腹一杯な絵画である。
「ルーベンスを見ながら死ねる少年は、けっこうタフである」と、かつて「芸術新潮」(大特集・ルーヴル美術館の秘密)で丹尾安典先生(早稲田大学)が書いていたが、同感。

入り口近くにイザベル・ド・ブルボン(1437-1465.9.25)の仰臥像を発見。
ルーベンスよりもこちらの方が嬉しい。
彼女はブルゴーニュ公シャルル・ル・テメレール(突進公)の二番目の妻。1454年に嫁ぎ、三年後に一人娘のマリー・ド・ブルゴーニュを生むが、28歳の若さで亡くなった。ああ、孫のフィリップ美公と同じ9月25日に亡くなっているのだなあ。

そして、大聖堂内の土産物屋にはこんなものが。


パトラッシュはネロの
たった一人の友達でした。

いったい…。なぜネロ少年は裸体なのか。そして縮尺がおかしくはないのか。
フルン広場の出店にも、妙な明朝体のフォントでネロとパトラツシユなどと書かれた絵葉書が売られていた。誰が買うんだろう。


市庁舎

お腹が空いたので、グローテ・マルクトの市庁舎前のカフェに入った。サンドイッチと、天気が良くて暑いのでビールを注文する。
わーい、ベルギービールだあ。

が、飲み始めた途端に日が陰って寒くなってくる。ブルブル。こんなはずでは…。
市庁舎の前にあるのは伝説の英雄ブラボーの像を乗せた噴水。彼が巨人の手(ant)を切り、スヘルデ川に投げた(werpen)というのが街の名前の由来になったとされているそうだ。
この噴水には水盤がなく、台座から飛び散った水は石畳に跳ね返る。
どのように水が巡回しているのか(いないのか?)不明。


■肉屋のギルドハウス Museum Vleeshuis


■ステーン城(国立海洋博物館) National Maritime Museum Steen



これらは外から見ただけ。

現在は海洋博物館となっているステーン城の、道を挟んで向かい側あたりには日本料理店があった。
客がみんな変なガウンとエプロンみたいなのをつけて食事していた。


■王立美術館 Koninklijk Museum voor Schone Kunsten

公式サイト

王立美術館は街の中心部からやや離れたところにあるので、トラムに乗って行く。
ガイドブックにはルーベンスのコレクションで有名と書いてあるのであまり期待していなかったのだが、北方ルネッサンス絵画もかなりのものがあり、楽しんで見ることが出来た。
フーケの「聖母子」、ヤン・ファン・アイクの「聖女バルバラ」などここにあったのか!という感じ。他にもクラナッハ、ブリューゲル、近現代部門にはクノップフ、アンソールなどお馴染みの面々。マルグリット・ドートリッシュ(皇帝カール五世の叔母)の肖像画もあった。
しかし、説明書きがフラマン語だけとはどういうことか。英語とは言わないが、せめてフランス語を併記してくれても罰は当たるまいに。

気が付けばもう夕方。急いでトラムでルーベンスの家に向かう。トラムに乗ってしまってから、マイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館(ブリューゲルの「狂女フリート」「ネーデルランドの12の諺」で有名)に行ったほうがよかったかな、と思った。
目の前に、まるで日本人女性のように気合いの入った化粧とお洒落をした若い白人女性が立っている(ヨーロッパの若い女の子は一般に服装はカジュアルだし化粧も薄い)。フルン広場に止まったとき、「ここ、フルン広場ですか?」と聞いてきた。
だから、なぜ私に聞く…。
そうだというと慌てて降りていった。

■ルーベンスの家 Rubenshuis

公式サイト

ルーベンスの家はきれいに整備された一画にあった。
すばらしい館と庭園。アムステルダムのレンブラント宅に比べるべくもない。


ルーベンスさんちのすてきなお庭


ルーベンスは生前から名声に恵まれ、各国を旅して回る外交官でもあった。
フェルメールやレンブラントに比べると本当にラッキーな人だったんだなと思う。

ルーベンスの自画像の他、祖父母の肖像(これはもちろん前時代の画家によるもの)若く美しい妻の肖像など。工房は修復中のようだった。



■聖ヤコブ教会 Sint Jacobskerk

ルーベンスの家からほど近いところにある聖ヤコブ教会に寄ってみた。彼はここに二人の妻とともに眠っている。教会は、なぜか横から入るようになっていた。
驚いたことに、主祭壇の真裏という特等席にルーベンス家の礼拝堂がしつらえてあった。
レンブラントは貧窮の末にアムステルダムの西教会の共同墓地に葬られたし、フェルメールはデルフトの旧教会に葬られたことになっているけれど、遺骨の行方は不明のまま。
ルーベンスは生前も、そして死後もいいところに住んでいるなあとつくづく思ったことであった。ネロは絵で成功してこんなふうになりたかったのかな。


ギルドハウス





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