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2004.9.27(月)

ゲント Gent


6:40起床。
8:32の電車でゲント(ガン、ヘント)に向かう。これで聖バーフ大聖堂の開場に間に合うだろう。
シント・ピータース駅でまず荷物を預ける。
コインロッカーは自動ドアつきの明るい部屋にあった。デン・ハーグにあったのと同じ暗証番号タイプで、取り出すときはレシートに記載された番号を入力する。言語切替えで日本語にもできるのはありがたい。
小さいほうのロッカーにスーツケースを放りこみ、トラムに乗った。コーレン・マルクトで下車、さっそく聖バーフ大聖堂へファン・アイク兄弟の「神秘の仔羊」を見に行く。

■聖バーフ大聖堂 St.Baafskathedraal

1500年この街で生を受けたカール五世は、聖バーフ大聖堂で洗礼を受けた。


L'Agneau mystique(1432)
Hubert et Jan Van Eyck


神秘の仔羊
ファン・アイク兄弟

※クリックで拡大します

「仔羊」はガラスに覆われ、後ろにもまわって見られるようになっていた。
聖母やキリストを初めとする登場人物たちの豊かな表情。下段に小さく描かれた殉教乙女たちの衣服のひだ、その足下に咲き乱れるさらに小さな花々。
合唱する天使の中にものすっごいしかめっ面になってるのがいて気になった。
銘文には、偉大な画家であったフーベルトが着手したものの、途中で死去したため、弟のヤンが引き継いで完成させたとある。フーベルトについての資料は乏しく、ほんとはいなかったのではないかとする説もあるようだが、各パネルで描写にばらつきがあるため、二人以上の手が入っていることは間違いないと思われる。ファン・アイク兄弟作というよりは、二人に率いられた工房のメンバーが集団で完成させたというのが実際のところなのだろう。
祭壇画を再現したカードをおみやげに買った。ちゃんと裏表に印刷がされている。

地下クリプトでは、改修のため閉館中のゲント美術館の所蔵品を展示していた。見られないと思ってあきらめていたので嬉しい。
お目当てはボッス「十字架を担うキリスト」。醜悪でエゴイスティックな顔の中に、イエスとヴェロニカの顔が浮かび上がって見える。イエスの顔は静かな諦念にあふれ、ヴェロニカはひたすら優しい。
ボッスはなんとなく名作アニメっぽい絵柄だと思う。
他にもフランドル絵画の名作がいくつもあったが、こう多いとなにがなにやら分からない。

外に出て、ファン・アイク兄弟の像の写真を撮ろうと思ったら、バックパッカー二人が兄弟の前に腰掛けていた。そこ、入っていいのか?


ファン・アイク兄弟とゆかいな仲間たち。(←勝手に命名)
バックパッカーがいなくなってから撮った。

魔王ゲラルド城

大聖堂の裏手には、「魔王ゲラルド城」という古い建物がある。
ディズニーランド風の名前が気になるが、ガイドブックにはなんの説明もなく、正体が分からない。
壁にプレートが取り付けられていたので近寄って見たが、読めなかった。

帰国後に調べたら、13世紀の貴族の館で、現在は国立図書館が入っているとのこと。
でもなぜに魔王?

聖聖バーフ大聖堂の並びには14世紀に建てられた鐘楼が建っている。
その足下に置かれている大きな鐘は、1660年から1950年まで実際に使われていたもの。

てくてく歩いてフランドル伯居城の方へ向かう。
聖ミヒエル橋の上に立つと、レイエ川を挟んで西側のコーレンレイ(穀物の埠頭)と東側のグラスレイ(穀草の埠頭)、立ち並ぶギルドハウスが眼下に広がる。
まさに中世のままの町並、のはずなのだが、スコーンと開けた構図はむしろ21世紀的。河岸がきれいに整備されているせいかもしれない。運河沿いには古い建物をそのまま生かしたカフェが並んでいる。


グラスレイに建つギルドハウス

パリのノートル・ダムをはじめ、21世紀を迎えるに当たってのお色直しがヨーロッパ各地で行われていたはずだが、この町の建物はどれもはげしく汚い。数百年の塵や埃が厚い層になってこびりついている。まあ、それもまた趣があると言えないこともない。

■旧魚市場、大肉市場 


旧魚市場
17世紀建造。
聖ヴェーレ広場の一画を占める、邸宅のような壮麗な建物。

大肉市場
15世紀建造。
小さな切妻屋根が建ち並び、どことなく工場のような外観。

■フランドル伯居城 Gravensteen

運河を渡り、フランドル伯居城へ。
12世紀にフランドル伯フィリップ・ダルザスが建てた要塞である。黒ずんだ城壁はいかにも古びて見えるが、近年の復元らしい。


一階のホール

緑色で統一されたステンドグラス

興奮して思わず手ブレ

中にはよろいや武具、拷問器具、処刑道具などが展示されている。
実物大のギロチン(復元だけど)を初めて見て感動。
こ、この袋の中に斬られた首が落ちるのねっ。

「俺達の首が袋の中で接吻することを、誰も止めることはできないだろう」
(処刑前、仲間との別れの抱擁を禁じられてダントンが言った言葉)


城の展望台に上がってみる。
修復の途中らしく、ぐるりと廻って裏手に出ると壁が豪快に崩れている箇所があり、その周りに建材が無造作に積んであった。
城壁の隙間からはゲントの街が一望できた。

カール五世がここゲントに生を受けたことはどのガイドブックにも載っているけれど、どの建物で産まれたのかが分からない。どこにも書いていないということは、その宮殿なり城なりはもう残っていないのだろう。
リールでの結婚から4年が経過した1500年、フィリップ美公の心はすでに妻フアナにはなかった。
浮気を繰り返す夫を監視するため臨月にもかかわらず舞踏会に出席したフアナは、そのさなかに産気づき、物置きのような部屋で長男カールを出産したと言われている。その舞台となった場所を見たかったのだが。


展望台からの眺め

カール五世は生地であるこの街と折り合いが悪く、両者の間にはたびたび抗争が勃発した。
そもそものきっかけは、カール五世が宗教戦争の戦費をまかなうために、フランドルの諸都市に重税を課したこと。ゲントは激しく反撥して皇帝の徴税人を投獄し、支払いを拒否した。
皇帝はこれを武力で制圧、罰として市の有力者たちに苦行僧の衣服を着せ、首には絞首刑用のロープを巻いて、裸足で歩くことを命じた。
この故事をもとにした「処罰者の行列」は現在ゲント・フェスティバルの呼び物の一つとして恒例行事化し、ゲントの七月の風物詩となっている。


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