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■眼鏡橋

ふたたび路面電車に乗って街の中心部に帰ってきた。
一応普通の観光名所も回っておきますかということで眼鏡橋へ。
1634年に架けられた日本最古の石造二連アーチ橋。橋の傍らには建築を指揮した興福寺住職、黙子如定の像も建っている。
この橋の何がすごいって、今でも現役で活用されている所だ。
脇には小さな階段がついていて、川のすぐそばまで下りられるようになっている。セーヌ川みたいだわ。
天気がよかったので、きれいな眼鏡の写真が撮れた。

■長崎銀行本店(サンチャゴ教会跡)

碑もなにもないが、サンチャゴ教会とミゼリコルディアが運営する病院が建っていた。建設したのはメスキータ神父。他の多くの教会と同じく、1614年に破壊された。
長崎銀行の建物自体も大正時代に建てられた年代もの。

■長崎地方法務局(ミゼリコルディア本部跡)

ミゼリコルディアというのは平たく言うとカトリック信者の作る互助組織のことで、病院や孤児院の運営などの奉仕活動に携わっていた。
ミゼリコルディアの活動は一般にも重宝されていたので、1614年の禁教令発布後もここだけは打ち壊しを免れたが、6年後の1620年にいたってついに閉鎖、破壊された。

■長崎県庁(港の被昇天のマリア教会跡)


建設敷地が、浜辺まで下ることが出来るような崖下であったので、この崖下から土台を広げるために、三層からなる橋を築かなければならなかった。この構造は三階から成り、石と木材で、しっかりと丈夫に造られた。内部は中央に大祭壇が設置され、その左右に一方には香部屋、他方には香部屋と同じ大きさの広間があり、そして、その上が、中二階となっており、二部屋がある。この二部屋には祭壇も備えられている。浜辺から階層になって、高く聳えているこの教会は、海の方から眺めると非常に美しく見える。
 純心女子短期大学・長崎地方文化史研究所編『長崎のコレジヨ』

港の被昇天のマリア教会の威容を、1601〜1602年度のイエズス会年報はそう表現している。イエズス会の本部やコレジヨをも併設した、壮麗な教会だったようだ。
教会の建つ岬の先端には波止場があり、みんなここから旅立って行った。今は「南蛮船来航の波止場跡」の碑が建つだけ。

試みにその長崎県庁の入り口付近に佇まれるがよい。両側の道は顕著に坂となって下降し、立っている地点が往昔、森崎権現の社があった岬の先端であることを容易に首肯できる。
 松田毅一『天正遣欧使節』(講談社学術文庫)p.84

松田毅一にならって坂の上に立ち、かつての地形を幻視しようと試みてみたが、埋め立てによってすっかり海岸線が変わってしまった今となっては往事の面影を見出すのは難しい。

県庁は建て替えの計画があるらしく、同じ場所で建て替えるか、移転するかで議論になっているようだ。もし県庁がほかの土地に移ったら、この場所は何になるのだろう。

■カトリック中町教会

そろそろ日も陰ってきた。
今日最後の訪問は、教会跡ではなく現役の教会。「殉教の歴史をもつこの地に日本人のための教会を」と決心した島内要助神父により、二十六聖人の殉教300周年の年である1897年に、大村藩蔵屋敷跡に建設された。周囲の石垣が蔵屋敷であった当時を忍ばせる。
白亜の教会堂はいかにも明治の洋風建築!という感じだが、実はこれ、オリジナルではない。1897年に建てられた教会は、原爆によって尖塔と外壁の一部を残し崩壊したのだ。
痛ましい姿になった教会を信徒が力を合わせて再建したのが6年後。建設当初は赤煉瓦造りだった教会は、これに伴って現在見られるような目にもまばゆい白い姿になった。

日本十六聖人殉教碑

 

十六聖人のひとり、ロレンソ・ルイスのなんだか現代的な像。
ロレンソ・ルイスはフィリピン最初の聖人。

教会の庭には日本十六聖人殉教碑が建っている。
二十六聖人ではなく十六聖人である。1633〜1637年に長崎で殉教した人々で、日本人9名、スペイン人4名、イタリア人とフランス人とフィリピン人が各1名。16名のうち2名が女性(修道女)であった。
彼らは1987年、ヨハネ・パウロ2世によって列聖されている。

十六聖人の像……といえばいいのかな。金属製の柵みたいなモニュメント。すぐ前に車が止まっていたので斜めからのアングルになってしまった。

教会には保育園が併設されている。ちょうど出迎えの時間だったらしく、お母さんに手を引かれた子供たちが賑やかに帰っていく所だった。


入り口近くには日本二十六聖人のルドビコ茨木、アントニオ、トマス小崎の像があり、子供たちを見守っているように見えた。

■新地中華街

いったん駅に戻ってコインロッカーから荷物を回収すると、路面電車に乗って今日の宿泊先、ワシントンホテルへ。ホテルは築町電停近く、中華街のすぐ横にあった。
チェックインして荷物を置いてから、夕食を求めて外出。徒歩数分の所にある永盛楼で特製ちゃんぽんを注文した。私はリンガーハットと母校の学食の「九州フェア」で出されていたちゃんぽんしか食べたことがないので、どんな味がスタンダードなのかは分からないのだが、ここのはさっぱりしていて美味しかった。特製を銘打つだけあって彩りもきれいだ。
帰りに中華街のお土産屋さんで妹の好物「麻花」を買う。長崎では「唐人巻」あるいは「よりより」と呼ばれるらしい。大きいサイズのが8本も入って500円だった。


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