津軽通信 2003.9.21〜9.25

■日程

2003.9.21(日)

東京から八戸・青森経由で五所川原へ。
(五所川原泊)

2003.9.22(月)

津軽鉄道で金木へ。斜陽館など見学。
雲祥寺、芦野公園、川倉賽の河原地蔵尊(五所川原泊)

2003.9.23(火)

バスにて小泊へ。いったん五所川原に戻り、電車かバスで弘前へ。(弘前泊)

2003.9.24(水)

弘前観光。電車で浅虫温泉へ。
(浅虫温泉泊)

2003.9.25(木)

青森から新幹線で東京へ帰還。



写真:芦野公園駅

■旅の目的

本州の北端に位置する津軽半島。そのほぼ中央に位置する金木町の大地主の六男として、1909年に太宰治は生まれた。
1944年、太宰は長らく離れていた故郷を訪れる。それは小山書店の依頼で新風土記叢書を書くための取材旅行であったが、同時に太宰治という作家のルーツを訪ねる旅でもあった。こうして生まれた小説『津軽』は、明るいユーモアと力強い才気に溢れ、太宰円熟期を代表する作品として数えられている。
彼が憎み、そしてこよなく愛した津軽を、太宰自身による『津軽』を手がかりに訪ねてみることにした。

■旅のBGM

移動時間が長い場合、音楽は小道具としてきわめて重要である。そして旅から帰ったあとには、どんな写真よりも鮮明に想い出を喚起するよすがとなるものだ。

太宰といったらやはり森田童子かな〜とも一瞬思ったのだが、
♪太宰の好きな君は 睡眠薬飲んだ
暑い陽だまりの中 君はいつまでも汗をかいて眠った♪

なんて聴いてたらホントに死にたくなりそうなので却下。第一、明るく健全な太宰ファンを自認する私にはふさわしくないわっ。ということで、さわやかにスピッツを持っていくことで決定(たんにスピッツが好きなだけです)。
電車のリズムにはスピッツの曲が一番しっくりくると私は信じているのだ。マサムネくんの清々しい歌声は初秋の風にもよく似合うことであろう。

スピッツ入りMDとこの旅行のために購入したデジカメ、そして「津軽」の文庫本を携え、旅の支度は整った。8時52分東京駅発の「はやて」に乗り込み、いざ、津軽へ。


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