東方への旅 >> クラクフ(2)


クラクフの散歩道


■ヴァヴェル城 Zamek Królewski na Wawelu

歴代ポーランド王の御座所だったヴァヴェル城は、旧市街のはずれの高台の上に建っている。
急な坂を上りきった所にある券売所で入場券を買った。王家の私室コース(ガイドツアー)、王宮、宝物館のチケットがセットで50ズウォティ。
写真に小さく写っているのはタデウシ・コシチュシコの銅像。ロシア、オーストリア、プロイセンによるいわゆる「ポーランド分割」に抗して闘った英雄である。

《宝物館》
ガイドツアーは13:30からとのことなのでその前に他のスポットを回る。まずは宝物館から。
内部には警備員や係員がやたらたくさんおり、安心感はあるが、その一方でたえず監視されているような居心地の悪さも覚える。
なお、建物の内部はすべて撮影禁止である。
展示はというと、武具がごろごろあり、近代以前の軍事史が好きな人にはたまらないであろうと思われる内容であった。

《王宮》
ステンドグラスが蜂の巣状でかわいい。フランドルのタピストリーがたくさんあった。
面白かったのが「公使の間」で、格天井のマス目ひとつひとつに人の頭部の彫刻が飾られている。モデルは過去の王家の人たちなのか、それぞれ表情が個性的だ。土産物屋にはこの頭像のミニチュアが売られていた。
私はポーランド王室史に明るくないため、「あら、あなたがこんなところに」という喜びがほとんどないのは残念なことであった。ポーランドではヤゲヴォ朝の滅亡後、選挙王制という変わったシステムを採用したので、一つの家系として認識しづらいのだ。

《カテドラル》

色々な様式が混ざり合って不思議な外観。
ここだけはなぜか別料金だった。カテドラルとあわせて鐘楼と地下墓所に入ることができる。
入り口近くにあるソフィア王妃のチャペルがきらびやかで美しかった。
通路中ほどに綺麗な女性の棺があった。たまたま近くにいたガイドさんの説明(盗み聞き)によると、ヤドヴィガという14世紀ポーランドの女王で聖女として崇敬された人だそうだ。
塔の中の鐘の側まで上がれるようになっていたが、太った人には無理なんじゃないかと思われる狭く急な階段で少し怖かった。鐘には一つ一つ名前がついている。一番有名な「ジグムントの鐘」の前で、見知らぬカップルの写真をとってあげる。

王家の墓所を見ないままあやうく外に出そうになってしまい、墓はどこ!?とキョロキョロしていると、墓を求める私の暗い情熱が漏れ伝わったものか、係員のお兄さんが場所を教えてくれた。ここの係りの人はみんな黒いマントみたいな服を着ている。
埋葬されている王族のほとんどは知らない人だったが、中にポーランドのもっとも偉大な王の一人とされるステファン一世という人がいて、トランシルヴァニアのバートリ家出身と書かれている。バートリ・エルジェーベトの親戚か。

《大聖堂博物館》
道を渡って反対側にある大聖堂博物館へ。
ポーランドが生んだ偉人である前教皇ヨハネ・パウロ2世に関連する展示が多い。
僧衣に刺繍と縫い取りで立体的に十字架の道行きや聖母子像を表現したものが良かった。

《王宮の私室コース》

そうこうする間にガイドツアーの時間が来たので集合場所へ向かう。英語のガイドを選択したのだが、私以外のメンバーは全員スペイン人のようであった。
王宮内部は全体に黒と白を基調にした落ち着いた内装である。
棚の中に藍で絵付けをした磁器がたくさん並んでいた。絵柄の感じから、これは日本っぽくない、中国製であろうと思ったがガイドさんによると日本製とのことで、自分の鑑識眼のなさにがっかりする。
ある私室にはフェリペ2世とアンリ3世の肖像が掛かっていた。
やっと知ってる人に会えて嬉しいが、アンリ3世はポーランド王でもあった(1573年選出)から分かるとしても、なぜフェリペ2世がいるのだろう。
アンリ3世の義兄(姉の夫)だからだろうか? スペイン人に聞けばよかった。

《竜の洞窟》
ヴァヴェル城の城壁の下にはヴィスワ川が流れているが、その川べりに近い場所に洞窟がある。伝説によるとかつてここには竜が住んでおり、土地の娘たちを取って食べていたのを、靴職人の徒弟が機知を働かせて退治したのだという。
残念ながら洞窟は冬の間は封鎖されていて入ることができない。洞窟のそばには竜の銅像があり、ときどき火を吹いていた。

■ポーランド料理 Chlopskie Jadlo

ガイドツアーは50分くらいかかり、終わった時には空腹が限界に達していたので、そのままヴァヴェル城を出て「地球の歩き方」に乗っていたChlopskie Jadloへ。何度見ても名前が覚えられない。
典型的なスラヴ顔のイケメンウェイターがメニューを持ってやってきた。観光客慣れしているようで、片言ではあるが英語で応対してくれる。
注文したのは代表的な郷土料理であるというジュレックとピエロギ。
ピエロギは餃子によく似ているが(起源が同じらしい)もっと皮が厚く、もちもちしている。汁気は少ない。ジュレックは発酵ライ麦のスープだが、何か懐かしい感じのする味で美味しかった。


ジュレック。パンに添えられているスプレッドは
ハーブ入りチーズ(左)とラード


ピエロギ



ブックカフェらしきお店



■聖マリア教会 Kosciól Mariacki

本当はこの後オスカー・シンドラーの工場に行くつもりだった。しかしすでに日が暮れかけている。
地図を見る限りシンドラーの工場は観光地から離れた場所にあり、治安の面で問題ないのかどうか、今ひとつはっきりしない。
旅行をする上で「迷ったら行っておけ」を信条にしている私であるが、それはあくまで安全が確保されていればの話。最終日の朝にも時間が取れそうだったので、とりあえずこの日のシンドラー詣では断念することにした。

帰りに聖マリア教会の前を通りかかると、VISITOR’S ENTRANCEというさっきまではなかった看板が立っていた。入り口にいた係員の女性に聞くと、向かいの事務所でチケットを買えとのこと。
チケット売場の男性は電話応対中だったが、身振り手振りでチケットと写真撮る権シールを買って教会の中へ。
ゴシック様式ということで青い壁はパリのサント・シャペルを思わせるが、もっと重々しく土俗的な印象を受ける。
写真をとったがホワイトバランスが難しくてどうしても観たとおりの色にならなかった。


ホテルに戻り、チェックイン。
間違いなく今回の旅行で一番豪華な部屋だ。私のような低所得者の泊まるホテルではない感じ。部屋はやたらと広いし、コーヒーやお茶の種類も多い。アメニティはチェコ製とドイツ製だった。
浴室の扉も無駄にスケスケだったりしておしゃれ。しかしこの扉は密閉性が低く、シャワーを浴びるたびに床が水びたしになるのには閉口した。


ホテルから旧市街方面を望む


■ハルヴァを買いに

オシフィエンチム行きのバスが出る場所を確認するためにもう一度外出する。
バスターミナルは駅の反対側にあった。すでに真っ暗なのだが、駅もバスターミナルもその周辺も地元の人や旅行者で賑わっていて、危険な雰囲気はない。
できれば明日のバスのチケットを買ってしまいたかったのだが、窓口が閉まっていたので入手できなかった。

その後、ガレリア内のカルフールへ。
私にはここでなんとしてでも手に入れたいものがあった。
ハルヴァである。米原万里の『旅行者の朝食』という本の中で非常に印象的に語られているお菓子だ。
少女時代、プラハの学校に通っていた米原さんは、級友のロシア土産としてこのお菓子に出会う。スプーンですくって一口食べた瞬間「いろいろなナッツや蜜や神秘的な香味料」が混ざり合ったえもいわれぬ風味が広がり、「美味しいなんてもんじゃない。こんなうまい菓子、生まれて初めてだ」と思う――このくだりを読んで、ハルヴァに興味を抱かない人がいるだろうか。

ハルヴァは菓子売場の片隅にひっそり並んでいた。ポーランドの有名チョコレートメーカーWedelのものである。とりあえず試食用にレーズン&ナッツ味と書かれた小さいバーを購入。
ホテルに戻ってさっそく食べてみたら、サクサク、シャリシャリした食感の中に胡麻とバニラの風味がとけ合ってかなりいける。甘すぎず、日本人受けも良さそう。これは良い。いくつか買っていってお土産にしよう。




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