東方への旅 >> アウシュヴィッツ基幹収容所(2)



点呼広場と集団絞首台


私のうしろで、さっきと同じ男が尋ねるのが聞こえた。
「いったい、神はどこにおられるのだ。」
そして私は、私の心のなかで、ある声がその男にこう答えているのを感じた。
「どこだって。ここにおられる――ここに、この絞首台に吊されておられる……。」
  エリ・ヴィーゼル『夜』



■4号館

Those who cannot remember the past are condemned to repeat it

入り口にはジョージ・サンタヤナの言葉が掲げられている。
室内展示は撮影禁止。資料の劣化を防ぐためと思われる。ヴァヴェル城のように至るところに係員が立っているわけではないので、その気になれば多分いくらでも撮れるのだろうが、禁を犯してまで撮りたいと思うような楽しい展示ではない。

展示のテーマは「絶滅計画」。
書類が多数展示されているが、残念ながら英訳がついていないものがほとんどなので、内容は良く分からない。
摩り減って波打ったようになっている階段を昇り、二階へ上がる。
クレマトリウムの模型とともに、爆破されたビルケナウのクレマトリウムの部品や、ツィクロンBの缶が展示されている。

順路に従って次の展示室に入る。照明を落とした部屋の二面が大きなガラスケースになっていて、その中に人間の髪の毛がうずたかく積まれていた。アウシュヴィッツに到着した被収容者から切り取られたものだ。
これらの髪の毛はドイツの会社に納品され、マットレスの詰め物や毛布の材料になった。
髪の毛で織られた生地がロール状に巻かれている。その上に女の子の長いみつあみが何房か、だらりと乗せてあった。
ヨーロッパ人の髪はやわらかいから、こんな風に製品化することを考えついたのだろう。しかしいかに物資不足の折とはいえ、と思う。人の髪の毛を神聖視し、形見や記念品とするのは洋の東西を問わないはずだ。ユダヤ人を人間と思っていなかったから、ためらいなく工業品として扱うことができたのか。

この髪の毛の展示は、靴の展示と並んで、アウシュヴィッツの中でももっとも強烈な印象を与えるものだと思う。
私自身、目の前にする前からアウシュヴィッツといえば髪の毛の山、という先入観ができあがっていたほどだ。
確かにこれはとても怖い光景だ。しかし切り取られた髪そのものが怖いのではない。殺す側も殺される側もともに生身の人間であったということ、自分自身、迫害する側にもされる側にもなる可能性があるということ、それらすべてがこの髪に象徴されている、その重みに恐怖を覚えるのではないかと思った。


アウシュヴィッツのメインストリート

■5号館

われわれは靴である。われわれは最後の証人である。
われわれは祖父や孫たちの靴である。
プラハやパリやアムステルダムからやって来た。
われわれは布や革でできていたため、
肉と血をもたなかったため、皆地獄の炎を逃れることができた。
 モーゼス・シュールスタイン「わたしは山を見た」

略奪品の展示。
眼鏡は眼鏡、ブラシはブラシ、鞄は鞄、靴は靴とまとめて積み重ねられている。眼鏡はからまりあって針金のかたまりのように見えた。靴の多くは色あせてくすんだベージュや灰色になっているのだが、その中に若い女性が履いていたものなのか、ときおり鮮やかな赤い色のハイヒールがあって、『シンドラーのリスト』に登場した赤い服の少女を思い出した。

鞄にはチョークのようなもので名前や生年月日が書かれている。「あとで自分の荷物が分からなくならないように、名前を書いておきなさい」
この人たちはそう言われて、かならず返してもらえると信じて鞄に名前を書き込んだ。荷物どころかその名前さえ奪われることになるとは夢にも思わずに。

杖や義手・義足の山もあった。
これらの持主が辿った運命は想像するに難くない。収容所においては、病気の者や障害を持つ者、年老いた者は生きることを許されなかった。

■6号館

収容所の生活についての展示。
繰り返される点呼、重労働、粗末な衣服と食料…
過酷、と一言で片づけるにはあまりに非人間的な一日が、絵や写真、模型を用いて紹介されている。
廊下にはたくさんの顔写真が掲示されている。被収容者を管理するために撮られたものだ。こわばった、凍りついた表情。
年端もいかない子供たちの写真がある。その後については「行方不明」となっているものが多い。
1943年以降は入所者が急増したこともあってこのような写真は撮られなくなり、代替手段として入れ墨が導入された。

■7号館

収容棟内の様子が再現されている。ベッドはなく、わらが床に直接敷かれている。トイレや洗い場はノイエンガンメにあったものと似ていて、この後行ったビルケナウに比べれば多少は文明的な印象。
ここにも廊下に収容者の写真。造花が捧げられている写真があるのは家族か友人が訪れたのだろう。

■10号館

内部見学不可。ここではカール・クラウベルク博士による不妊実験が行われていた。
クラウベルクの実験は化学薬品を使って卵巣を肥大化させ、生殖機能を失わせるというものだったそうだ。モルモットとなった収容者の多くは命を落とすか、助かっても重大な肉体的損傷を負った。



洗濯場


略奪品、ツィクロンBの収蔵庫

 


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