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2005.9.30(金)

マラガ Málaga

Si la mar era de leche,
los barkitos de canela,
yo me mancharia entera
por salvar la mi bandera.
Dame la mano──La Sirena

ALSINA GRAELLS社の長距離バスで最後の目的地マラガに向かう。
窓から入る日射しは強く、半袖のTシャツを着ていても汗ばむくらい暑い。ハイウェイ沿いに現れては消えていく白い町。墓地までもが白い。
二時間弱でマラガに到着。
ピカソの生まれ故郷であるマラガを、私はひなびた港町だとばかり思いこんでいた。実際には人口55万人を擁する大都会である。国際空港があるくらいだから当然と言えば当然だ。
バスターミナルからホテルまではまたまたタクシーを利用した。
予約していたHotel Don Durroに荷物を置いて、すぐに町に出る。

■カテドラル Catedral

まず向かったのはカテドラル。
カテドラルの前は小さな公園になっていて、南国風の樹が生い茂っている。土産物屋を兼ねた、ちょっと商業的なエントランスで入場料を払って入ると、これはまた荘厳なルネサンス様式。
彫刻群がすばらしく、特に悲しみの聖母(涙を流している)の半身像が印象に残る。あとでガイドブックを見ると、ペドロ・デ・メナによるものでやはり傑作の誉れが高いそうだ。
土地柄からか天使の像の顔が黒人になっているものがあり新鮮に感じる。そしてここにもカトリック両王の像。
内部は撮影禁止なのだが、フラッシュ焚いてバシャバシャ写真をとっているおっさんがいて目障りであった。フラッシュはないだろフラッシュは。

■ピカソ美術館 Museo Picasso Málaga

公式サイト

ブエナ・ビスタ伯爵の邸宅を改装した建物。美しい回廊と中庭がある。
撮影はもちろんのこと、カメラの持ち込みも認められていない。入り口でバッグの中身をチェックされ、カメラなどはそこで預けるシステムになっている。かなり厳しい。
コレクションはピカソの長男ポール(最初の妻オルガとの間に産まれた子。ピエロに扮した肖像で有名)の二度目の夫人、クリスティーヌが寄贈したものを元にしている。そのためかオルガとポールを題材にしたものが多い。
若き日の親友カサヘマスの肖像もある。

この美術館は、併設の書店がかなり充実していた。地元スペインで刊行されたものはもとより、フランス語、英語の資料も豊富に揃っている。ピカソを研究する人には宝の山ではないだろうか。どさくさに紛れてコクトーやマティスの関連本が売られているのはご愛敬。
Dictionnaire Picasso(ピカソ辞典)という本があり、妹に買っていこうかと思ったが、彼女はフランス語が読めなかったことを思い出してやめた。Picasso's Parisというパリのピカソゆかりの地を網羅した本も面白そう。しかし何もスペインで英語の、しかもパリの本を買うこともあるまい。妹にはもうパブロ君を買ったし…。
悩んだ末、4年前の卒業旅行(仏蘭西旅行)の時にジュー・ド・ポームで見たPicasso Erotique展を特集した雑誌があったので(今さら)購入。それと絵葉書数枚、ピカソの絵「アクロバット」柄のマウスパッド。
マウスパッドの裏にはピカソのこんな言葉が書かれている。
L'art est un mensonge, mais un mensonge au travers duquel on peut découvrir la vérité.
(芸術は嘘である。ただし、それを通して真実を見いだすことができるような嘘である)
コクトーのJe suis un mensonge qui dit toujours la vérité(私は常に真実を言う偽りである)に似ている。コピーとしてはコクトーの言葉のほうが洗練されているが。

美術館を出て、すぐそばのSt Agustin教会の前にあるLa teteriaというお茶専門店で軽く食事をとった。
緑茶を頼んだら、案の定日本の緑茶ではなく中国緑茶が出てきた。緑茶中毒なので、それでも久々に紅茶以外のお茶を飲んで生き返る思い。

■ピカソの生家 Casa Natal de Picasso

ピカソ美術館からほど遠くない広場の一画に、彼が産まれて10歳まで過ごした家がいまも残されている。外観も内装もかなり手を加えられているので、往時の面影はほとんどない。
中には版画や写真を中心に展示。二階には、画家だったピカソの父ホセ・ルイス・ブラスコのアトリエが再現されている。チッペンデールの椅子やら17世紀の机やらは後から持ってきたもので、実際にピカソの家にあったわけではない。

同じ部屋に、ピカソの洗礼式の晴れ着やパパのベストなどが展示されている。パパの絵も飾られていたが、ああ、凡庸な画家だったんですね…という感じ。

ピカソの家が面しているメルセー広場は、幼いピカソが遊んだ所。この広場の砂こそ、彼の最初のカンバスだったというわけだ。
ガイドブックによると、後にピカソはこの広場のハトを懐かしく思い出し、生まれた娘にパロマと名付けたそうだ。
広場の中心のモニュメントにはハトが鈴なりになっていた。

広場を挟んでピカソ生家の斜め向かいあたりには、ピカソの両親が結婚式をあげたサンティアゴ教会がある。
ピカソもここで洗礼を受けた。
ミサの時間以外は閉まっているため、残念ながら中を見ることはできない。


サンティアゴ教会と、外壁のマリア像


■アルカサバ Alcazaba

アルカサバは11世紀にイスラム教徒が築いた要塞。
チケットを買って、城壁内部の細い道を上がっていくと、アラブ風の中庭と宮殿に辿り着く。

アルハンブラに比べると規模は小さいし、寂れた感があるのだが、それがかえって好ましく思われる。池にはられた水はよどみ、時折吹く風に微かに小波をたてるのみ。つはものどもが夢のあと。
私の他に数人の観光客がいたが、アルハンブラとは比べものにならないほど閑散としている。彼らの話し声が聞こえる以外は、とても静かだ。
城壁の上を歩いてみた。手すりも何もないので少し怖いが、港を一望する景色は素晴らしい。左手の山の上にはヒブラルファロ城が見える。

城壁から降りて、ピカソ10代の頃の作品を所蔵しているというマラガ美術館に行ってみた。が、なぜか閉まっていたので、パセオ・デル・パルケをのんびり散歩、ついでに空港行きのバスが止まる停留所をチェック。
アラメダ・プリンシパル通りの広場では市場のようなものが開かれていて、売店がたくさん出ている。アフリカやアジアの物産を売る店が多い。地元の家族連れに混じってひやかして歩いた。
リゾート地ということもあって、マラガはニースやカンヌにちょっと似通った雰囲気がある。ただ、もっと庶民的な印象。
名声を手にした後のピカソが、カンヌやヴァロリスなど地中海沿いの町に好んで滞在したことを思い出す。10歳でマラガを離れて以後、彼が生まれ故郷のこの町を再び訪れることはあったのだろうか。
休日を前にして、人々はなんとなく浮き足立っている。私が明日スペインを発ったあとも、この人たちは変わらず日々を続けていくのだろう。

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